2012年10月12日金曜日

レコーディングレポートその2 ビックサプライズ


battle cry soundのスタジオにて
最初のディレクションが終わり、
この時点ではまだ具体的にレコーディングの詳細まで決まらず、
楽曲も『冬が来たなら』か『羽根』かもハッキリしてませんでした。

そしてこの間サポートしているバンドのライブ等の関係で、
マネージメントをして頂く榊さんとメールで少々やり取りをしてましたが、
そんなこんなで
次にスタジオを訪れるのが初回から約1か月後となりました。

その日は前回同様に楽曲に関するお話だと思い、
気軽にスタジオに向かったのですが、
スタジオに到着すると、
建物の前には高級車がズラリ…

ま、まさか??

そのまさかのビックサプライズ、
この日に初めて今さんと対面をすることになりました。

どうやらその日は別なアーティストさんのレコーディングだったらしく、
今さん以下、山木さんや高水健司さんが来てたとのこと。

余りにもこのサプライズが衝撃的だったので、
よく覚えておりませんが、
確か今さんの鶴の一声で『冬が来たなら』のレコーディングがこの時決まりました。

それから懸念されてたボーカルですが、
榊さんの計らいで松本栄子さんにお願いすることになりました。

そしてベースは松原秀樹さん。

この後レコーディングの日程や
ギターマガジンのインタビュー等の打ち合わせに入るのですが、
余りに興奮してしまい、しばらく心ここに非ずでした。

つづく。





2012年10月11日木曜日

レコーディングレポート① 選曲について。


今回『冬が来たなら』をレコーディングした訳ですが、
実は『羽根』と言う曲も候補に入っておりました。

もともと今年の5月に自己のサイトをリニューアルをし、
何か記念と言ってはなんですが、、
目玉となる音源をサイトで配信できないか?
と考えた矢崎でしたので、
結果的にちょうど良いタイミングだったわけです。

『冬が来たなら』は、
ちょうど10年程前に自己のバンドのレパートリーとして
演奏しておりました。

当時のボーカルの子が現在有名な歌手になってしまった影響も有り、
この時の映像をYOUTUBEにUPしたところ、
僅か1年足らずでアクセス数が1万を越えしてしまいました。

冬が来たならは、その当時の自己作詞作曲のオリジナルなのですが、
この頃恋愛三部作なるものを作っており、
その第三弾、最終章がこの曲だったわけです。

心から大好きな人と一緒にいるこの時は、
例え一瞬で有っても、忘れたくない、
永遠の時流れの中で有っても、
君を愛したこの感情は忘れることは決してない。

そんな思いを込めたラブソングに仕上げました。

歌詞の中に、『この場所』と言うフレーズが出てくるのですが、
これは是非とも、
どういった場所なのか?想像してほしいと思ってます。

それに対し『羽根』と言う曲は、
9.11をモチーフにした、戦争反対的な曲でした。

これ以上人と人との争いは何も残らない。
そんな争いよりも大切なことはあるのでは?

と言うような平和のメッセージを込めた曲に仕上げました。

この曲は冬が来たならの約3年後に作りました。

当時、新たに結成したバンドでこの曲を演奏をしてたのですが、
この時のボーカル(冬が来たならとは別なボーカル)の子に
羽根と言う曲を完全否定されてしまい、
このバンドはあっという間に解散してしまいました。

しかしながら、
自分の中ではかなりの思入れのあった曲でした。

上記の2曲をbattle cry soundのスタジオにて
ディレクションをした際に、
この2人のうちどちらかのボーカルを使えないか?と言われたのですが、
片方は有名歌手、
もう片方はこの曲を嫌われた上に10年近く音信不通な状態だったため、
この案は即却下になりました。

この後ボーカルの選出に関して色々話し合いが持たれました。

しかしながら、
それ以外となると自分の知ってる女性ボーカルは、
その時サポートで手伝ってるバンドのボーカルの子くらいしか思いつかなく、
結果的に一時保留となりました。

また楽曲に関しては他にもデモを持って行ったのですが、
結果的に上記の2曲を今さんに聴いてもらい、
判断を仰ぐ形となりました。

つづく。





2012年10月9日火曜日

今後の活動予定。


CD発売の次の日に母がこの世を去り、
色々とバタバタとしてしまいましたが、
先日49日の法要が過ぎ要約一段落と言った感じです。

今後の活動予定としては、
以前は来る者拒まず去る者追わずと言う姿勢で、
スケジュールが合えば何でもかんでもとやって来ましたが、
今後は少し選んで活動をしていきたいと思ってます。

その要因の一つとして、
やはり今回のレコーディングで、
今さん、松原さん、小島さんと演奏ができたことは、
自分の人生においても大きかったからです。

正直このレコーディングの後は、
もう普通のバンドマン生活は出来ないと思ってしまいました。

また今さん達一流ミュージシャンに、
自分も一日も早く追いつきたいと強く思いました。

例えるなら、
松坂牛を食べてしまい、
チェーン店の牛丼が食べられなくなってしまったみたいな感じです。

それから、
またCDが売れない時代、そして打ち込み全盛の時代に
敢えて生演奏とCDと言う最高のサウンドクオリティで挑む姿勢、
battle cry soundのスタッフの方々のこの姿勢には正直感銘を受けました。

ジャケットの部分では色々迷惑をかけてしまいましたが、
こういったスタッフと制作ができたことは
本当に良かったと思ってます。

ひとまず、大きな目標として、
自分の中では
来年もう一枚CDを出す予定で居ます。
それに向けての準備をしていきたいです。

それ以外の活動としては、
自分の方向性に沿った活動をしていきたいと思ってます。

この部分に関しては、
楽器や音楽を志してる人は、
それぞれだと思ってますので、

サークルノリで楽しければ良いという人も居るでしょうし、
自己の音楽性を深く追及している人も居るでしょう。
そして、メジャーで頑張りたいという方も居ると思います。

どれも否定はしませんが、
自分の場合は、
自己の成長の糧となる活動をしていきたいと思ってます。
本当に生の演奏で勝負したい、
CDの売れない時代に最高のサウンドクオリティで勝負したい。
そんな気持ちで居ます。

次回はレコーディングのレポート及び
ギターマガジンのインタビューについて書きたいと思います。


2012年9月13日木曜日

ロックンローラー白書 最終回


ロックンローラー白書 最終回


本来ならもっと早く最終回を書いてる予定でしたが、
レコーディングに入ってしまったり、
なんだりした関係で遅れてしまいました。

最終回はもう良いかな?とも一時期思いましたが、
某スーパーギタリスト等、各方面でのリクエストが有ったため、
やはりこの話の結末を届けなくては!
とプチ作家根性を掻き立てれてしまい、今回に至りました。

ちなみにこのロックンローラーとのやりとりを綴った携帯のメールですが、
実は消費税増税法案が衆議院を通った日に、
巨人もホールトンが広島打線につかまり、
勢い余って携帯を破壊をしてしまい、
あくまでも自分の記憶たどった形になります。

では続き…


ロックンローラーの無礼な対応をじっと我慢し
ライブハウスに向かったわけですが、
なんとか約束の18時に到着しました。

そしてこのロックンローラーとサウンドチェックに入ったのですが、
なんとこのロックンローラーはアンプの使い方よくわからないのか?
それともあの奇妙な宇宙の音が出ないのか?
じっとアンプを見つめており、スタッフが手伝おうとしても
それを拒み続け、
気づけばこの間10分位経ったと思います。

そして時間がないからとりあえず曲で…
とPAの人の声も無視し、

ちょっと発生練習をやらせて欲しいと、
突然狂った叫び声と宇宙のギター音を弾き始めました。

これには驚きましたが、
もっと驚いたのは、このライブハウスのスタッフの冷静な対応です。

もしかしてキチ●イ慣れしてるのでしょうか?

勝手に叫びだしたロックンローラーを暖かく見守ってるんです。

そんなこんなでサウンドチェックはタイムオーバー。
結局曲を合わせることもなく終わってしまいました。

そしてその後ギャラをもらうのですが、
俺に渡した数秒後に返せと言ってきました。

流石にそれには俺もちょっと待ってくれと抵抗しました。

しかしロックンローラーも頑としてギャラを返せと言ってきて、
もう埒があかないので、
『ギャラを返す代わりに本番もやらずにこのまま帰らせてくれ!』

と言ったら流石にそれは嫌だったのか??
それだったら良いと渋々納得してもらいました。

しかしながらよくよく聞くと、
以前本番前にギャラを渡したら、
演奏する前に帰ってしまったことがあるらしく、
それがトラウマになってしまってたようです。

そしてこのロックンローラーはペッドボトルの用な物をいつも携帯しており、
俺はてっきりジュースを飲んでるんだと思ってたら、
実はお酒で、すっかりのアル中依存症だったわけです。

このあと本番を迎えるのですが、
もう中身は想像したとおりです。

そして俺は演奏終了後さっさとこの場を後にするのでした…

それにしてもこの数週間後に今さんとレコーディングに入るのですが、
方や日本を代表するスーパーギタリスト、
そして方や宇宙を代表する??超音波ギタリストと
短期間で共演してたわけですね。

おわり。


2012年8月21日火曜日

ご報告



8/15発売の冬が来たならですが、

とりあえず現在アマゾンで一時売り切れになってる様です。
恐らく同日に発売された『夏の日の1993』のついで買いをして頂いた影響もあるかと思われます。

また私事で大変恐縮なのですが、CDが発売された翌日の8/16に母が逝去し、
これを待っての旅立ちだったのかと感慨深い思いです。

一つ大きな目標を達成出来たと言うことで自分なりの親孝行が出来たとは思ってます。
次回作に向けて頑張りますので、どうぞよろしくお願いいたします。

2012年7月17日火曜日

本物のプロとは?



超一流とそうでない人の境は、
恐らく如何にストイックに妥協をせずに
サウンドを追及することではないでしょうか?
(って当たり前のことかもしれませんが…)

元来プロの音楽とは、
そのサウンドで聴く人を魅了し、
感動や夢を与えることだと思います。

もちろんステージのパフォーマンス等も大切だと思いますが、
パフォーマンスを重要視するので有れば、
別にダンサーやタレントでも良いわけであり、

ミュージシャンを名乗るであれば、
如何にその楽曲のクオリティを上げる為に
全力を注ぐべきではないでしょうか。

また、いくらライブで集客を集めたり、
CDや音源を売っても
その中身が空っぽではある意味詐欺と同じだと思います。

そういった意味では、
昨日のレコーディングは本当にいい勉強になりました。

アマチュアやインディーズのレコーディングでは、
時間や予算の都合上で仕方ないと言えば仕方ないのですが、
大体3テイクで切り上げ、
「まぁこれで良いか」と妥協をしてしまいます。

しかし、これで良いと思ってしまっては、
妥協したサウンドをユーザー側に与えることになります。

良い楽曲をユーザーに提供するというのが目的なら
とことん追及すべきだと思います。

また、先日とあるサポートをしてるバンドで、
「楽曲をよくしたい!」と言う意味で
リハーサルの際にアドバイスをしたのですが、
それが違った方向に話が行ってしまい、
結果的に「何もアドバイスをしない方が良いのか?」
となってしまったのですが、

単にサークルノリのバンドで、
楽しいだけの時間を過ごすならそれでも構わないのですが、
本当に良い楽曲をユーザー側に提供するのであれば、
とことん突き詰めるべきだったのかもしれません。

そういった意味では
今回今剛さんと一緒にレコーディングをさせて頂き、
本当にいい勉強になりました。

あの貪欲にストイックに、
妥協をせずに良いサウンドを徹底して追及する姿勢、
ましてやどこの馬の骨とも知らない、
自分の楽曲をあそこまでアレンジして頂き感謝しております。

ドラムのフィルの録り直しでは、
レコーディングマジックに掛かってしまい、
頭が真っ白になりましたが、
あの徹底した姿勢は勉強になりました。
(もっと練習せねば!)

というわけで、
全国のギタリストは今回の楽曲が配信したら聴くべし!!
って結局俺の曲の宣伝ブログになってしまったか??www









2012年7月1日日曜日

継続は力なり



本当はレコーディング終わるまではブログを書くつもりはかなったのですが、
ちょっと感動したことが有ったので書かせて頂きます。

先日とある方が、
「どんなに才能が有っても辞めてしまってはその道が途絶え、
どんなに才能が無く、他より劣っていても諦めずに続けてれば道が開かれる」
と言う様な言葉聞き凄く感動しました。

そして、その時ふと思い出したのですが、
自分が高校時に自分と同じ歳で凄く才能が有る奴が居ました。
自分がどんなにドラムの練習しても、
そいつはいとも簡単にやってのけてしまうのです。

しかしそいつは高校卒業と同時に
実家を継ぐためにドラムを辞めてしまいました。

正直勿体ないと思いましたし、
たとえどんな理由であろうともその道を諦めてしまった訳です。

確かに人生人それぞれですから勝手ですし、
直接本人に聞いたわけでもないので何とも分かりませんが、
果たして本人はそれでよかったのだろうか?
後悔はしてないのだろうか?とも思います。

またいろんな考え方が有るとは思いますが、
やはり親や他人の人生ではなく、
自分の人生な訳ですから、
自分の道を進むべきではないか?とも思います。

それから、
人それぞれだからと言う理由で、
何か人とのコミュニケーションや音楽の方向性・志向性が曖昧にされてしまうのは、
どうなのか?とも最近思います。

ちょうど周りの環境が変わりつつある中で、
そういった関係も自分が成長する意味でもう少し整理すべきことなのか?
と感じてます。

少し話が逸れてしまったのですが、
とにかく心の奥底からやりたいことが有るのでしたら、
信念を持って諦めずに続ける事も大切なのではないでしょうか。